火山灰(かざんばい)による被害
桜島の大正噴火(1914年)の時の火山灰の被害を見てみよう。
桜島の大正噴火(1914年)と黒神の埋没鳥居(まいぼつとりい)
1914(大正3)年1月12日に始まった桜島の大正大噴火(たいしょうだいふんか)は、わが国が20世紀に経験した最大規模の噴火です。桜島南岳をはさむ東西の山腹にいくつもの噴火口(ふんかこう)が形成されて約2km3の溶岩流(ようがんりゅう)、軽石・火山灰が放出され、桜島の5つの集落が溶岩流にうめつくされ、その他の多くの集落が大量の火山灰に埋没(まいぼつ)、あるいは火砕流(かさいりゅう)で焼失しました。噴火が終息するまでに1年数か月を要しました。噴出物(ふんしゅつぶつ)の総量は1990(平成2)年11月に始まった雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)噴火(ふんか)の約10倍、富士山の1707年の宝永噴火(ほうえいふんか)を上回るものでした。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」1914桜島噴火より
この噴火で、
黒神地区の全687戸が火山灰や噴石(ふんせき)の下にうまりました。高さ3mの神社の鳥居(とりい)は、約2mの高さまでうまりました。住民が掘り起こそうとしたのを、当時の東桜島村長の野添八百蔵が「後の世に噴火のこわさを伝えるため」として中止させて、そのままの状態で保存されました。その後40年以上たった1958年に「噴火により埋没(まいぼつ)した鳥居」として近くの「噴火により埋没した門柱」と共に鹿児島県の天然記念物に指定されました。
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