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県内が震源の大地震(寛文(かんぶん)地震)

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葛川谷(かつらがわだに)の村が天然ダムにしずんだ被害について見てみよう。

「葛川町居村地籍図(かつらがわまちいむらちせきず)

「葛川町居村地籍図」

大津市歴史博物館企画展「湖都大津の災害史」より

(明治時代)大津市歴史博物館蔵

明治時代に作られた町居村の※地籍図(ちせきず)にも寛文地震によって生じた山くずれ「町居崩れ」(まちいくずれ)の痕跡(こんせき)が描かれています。江戸時代以来、およそ200年間くずれたままで開発もされなかったものと思われます。

この地図は、左が北に描かれています。地図の上から3分の1ほどのところを右から左(南から北)に流れる川が、安曇川です。色の区別がわかりにくくなっていますが、ほとんどの土地は青色の山林です。その中で、安曇川の左上に黄色い曲線で描かれている部分が「町居崩れ」です。

地図をクリックすると、町居崩れの部分を拡大します。

※ちせきず:役所に登録された1個の土地(一筆という)ごとに、土地の境、地番、面積、土地利用の区別(山林、田、畑、住宅地などの区別)、所有者などを示した地図。最初のものは、明治初年に全国的に作られた。

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