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県内が震源の大地震「姉川地震」

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姉川地震を体験した人の話を読んでみよう。

姉川地震の体験談

この地震のおそろしさについて、虎姫村(とらひめむら)大寺(だいじ)(現・長浜市大寺町)の人は、次のように記しています。

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地震後の人々の様子(当時の絵ハガキ)

※写真は直接本文とは関係ありません

北西の方からのゴーッとひびく音とともに、はげしい地震がおそってきた。家から外へにげようとしても出られない。 大地は、まるで海・山のように波うち、多くの家がこわれていく。そのありさまは、とてもひどくて言い表せるものではない。 今までにない大事変で、外ににげた人は、たおれた我が家をながめて途方にくれている。

また、家の下じきになって助けを求める人や悲鳴をあげてなきさけぶ人がいて、 まるで戦場のようだ。わずか数分の間に何百という家がつぶれ、何千という人が財産(ざいさん)をうしない、 飢(う)え、露頭(ろとう)にまよってしまった。 悲惨(ひさん)きわまりない。

地震がやむとすぐに神社の境内(けいだい)で「たきだし」が行われた。 その後も、1日に5~6回の余震(よしん)がつづき、大寺の人は、軍隊から借りたテントでの生活で不安な毎日を送った。 このような生活が、1週間ほど続いた。このようすを熱心なカメラマンや記者が取材にきた。中には外国人もいた。

「地震の被害」県災害史より

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